ヒトの脳底面からは全身に向かう長い神経の束、脊髄が出て背骨の中の通路(脊柱管;せきちゅうかん)を通っており、脳の脊髄へつながる部分は延髄と呼ばれています。頭蓋骨底面の頚椎との継ぎ目には、延髄・脊髄が通るための大きな孔があいており(大後頭孔;だいこうとうこう、もしくは大孔;たいこう)、ここを通る脊髄周囲に十分なすき間が確保されています。脳と脊髄は全周を密閉された2層の保護膜によって包まれていますが、その膜は外側がとても丈夫な硬膜(こうまく)、内側が薄く柔らかいくも膜です。くも膜と脳・脊髄表面の間にはくも膜下腔とよばれるすき間があり、そこは保護液(脳脊髄液、髄液)で満たされています。つまり、大後頭孔における脊髄周囲のすき間は、このくも膜下腔と呼ばれ髄液が流れているところです。
本来、大後頭孔というのは延髄・脊髄専用の出口です。ところが、まれに脳の底面の一部がはまり込んで下垂し、あたかも吸い込まれたように大後頭孔から脊柱管の中に落ち込んでしまうことがあります。これをキアリI型(いちがた)奇形とよんでいます。キアリ(アルファベット表記ではChiari)奇形には他の型もありますが、それは新生児や乳幼児にみられるもので、成人で発症するのはほぼI型のみです。そのため、これ以降は、キアリI型奇形のみをキアリ奇形と表記し説明します。キアリ奇形で下垂する脳は、脳底面の小脳扁桃(へんとう)と呼ばれる部分です。これは延髄後方の左右に1つずつあって、アーモンド粒がぶらさがったような形をしています(扁桃とはアーモンドの和名です)。ひとくちにキアリ奇形といっても、その程度は患者さんごとに大きく異なります。軽いものでは小脳扁桃が大後頭孔からほんの少し下垂しているだけですが、ひどいものでは小脳扁桃が延髄・脊髄を押しのけ強く圧迫するように下垂していることもあります。そうなると大後頭孔は栓をされたようになってしまい、頭蓋内と脊柱管内の間で髄液の流れが堰き止められます。キアリ奇形ではこうした延髄・脊髄の圧迫と、大後頭孔が栓をされたようになって起きる髄液循環障害のふたつが問題になり、さまざまな症状を引き起こします。
【頭蓋頚椎移行部の脳脊髄MRI矢状断】
正常な脳脊髄(左)では、小脳扁桃の下端(黒矢頭)が大後頭孔(白矢印の間)よりも上の頭蓋内にあり、大後頭孔内にもゆとりがある。
一方、キアリI型奇形の脳脊髄(右)では、小脳扁桃下端(黒矢頭)が大後頭孔(白矢印の間)から脊柱管内に落ち込んでおり、頚髄内に空洞症(白矢頭)を起こしている。
代表的な症状は頭痛(典型的には後頭部痛)です。この頭痛は咳やくしゃみで悪化することがあり、髄液循環が障害されたなかで頭蓋内の髄液圧が上昇することが原因と考えられています。頭痛のほか、うなじ(後頚部)や肩にも痛みを感じることがあります。髄液循環障害の結果として、キアリ奇形の半数以上では脊髄内部に髄液のたまった空洞ができてしまうことがあります(脊髄空洞症)。空洞は頚髄に発生しやすく、上半身から腕にかけての感覚異常が起きます(脊髄空洞症の項参照)。一部のキアリ奇形では、脳内部の髄液で満たされた脳室(のうしつ)とよばれる部屋に髄液がたまってふくらみ、内側から脳を圧迫してしまうことがあります(水頭症)。水頭症があると頭痛や認知障害、吐き気などがみられます。キアリ奇形によって延髄付近が強く圧迫された場合、延髄機能が障害され、ものを飲み込みづらくなったり(嚥下障害;えんげしょうがい)、濁音を中心に発音がうまくできなくなったり(構音障害;こうおんしょうがい)、顔の感覚が鈍くなるといった症状がでます。これら喉の症状と関連して、寝ている間に大きないびきをかき、しかもときどき気道が閉じて一時的に呼吸が停止することもあります(睡眠時無呼吸症候群)。
診断のための最も大切な検査は頭部から頚椎にかけてのMRIです。MRIで大後頭孔付近の小脳扁桃の下垂の状態や脊柱管内の脊髄の様子を詳しく観察します。頭蓋内では水頭症(脳室の拡大)の有無にも注意を払います。延髄の障害が疑われる場合は、口の奥(咽頭;いんとう)やのど(喉頭;こうとう)の機能が影響を受け、上記のような症状がでることがありますが、その際は必要に応じて耳鼻咽喉科の精密検査や睡眠時ポリグラフ検査などを行います。睡眠時ポリグラフとは、寝ている間の脈拍や呼吸数、酸素飽和度など、複数の生体データ(ポリグラフ)を一晩かけて持続的に記録する検査です。通常は病院に一泊入院して測定します。
根本的な治療法は手術しかありません(大後頭孔減圧手術(FMD))。後頭部の骨、つまり大後頭孔の後縁にあたる骨をけずって大後頭孔を後方に拡大し、必要に応じて硬膜(脳保護膜)を薄くして膨らませたり、切開して人工硬膜や筋膜を用いたパッチを縫い付け拡張させたり、小脳扁桃の一部を焼き縮めることもあります。これらによって大後頭孔内における延髄・脊髄圧迫を緩和し髄液の流れを回復させます。脊髄空洞症を伴っている場合であっても、通常はまず上記の手術のみを行うことで、多くの場合、空洞は自然に縮小します。それでも空洞症が続く場合は、後日改めて空洞症に対する手術を追加することもあります。
手術以外の治療は、症状に応じた薬の服用や理学療法(マッサージや温熱治療など)などの対症療法です。しかし、根本的な解決法ではないため、効果も限定的なことが多いです。
【執筆担当】 | 一宮病院 脳神経外科 安田宗義 |