一般社団法人日本脊髄外科学会

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脊髄動静脈奇形

脊髄動静脈奇形とは

心臓から出た血液は、動脈を通って組織、臓器の毛細血管から静脈を介して心臓に戻ります(図1右の経路)。しかし、組織、臓器などを介することなく、動脈が静脈に直接つながってしまうことがあります(図1左の経路)。これが、動静脈奇形と呼ばれる病態で、動脈と静脈が吻合している部分をシャント部(短絡部)と言います。脊髄では血流障害が生じることは稀ですが、その原因として頻度が高いのが脊髄動静脈奇形です。

(図1)黄枠で囲んだ部分が動静脈奇形で、
動脈(赤)と静脈(青)のつながっている部分がシャント部

(図1)黄枠で囲んだ部分が動静脈奇形で、動脈(赤)と静脈(青)のつながっている部分がシャント部

脊髄の血管

脊髄は、脊椎(背骨)の脊柱管というトンネルの中で、頭蓋内から連続している硬膜という丈夫な袋の中に入っています。脊髄は、成人の手指程度の細長い組織ですが、この中に手足の運動、感覚などの多くの神経線維が密集して走行している非常に重要な組織であり、この脊髄には多くの血管が存在します。
脊髄の動脈は、椎骨動脈(脳を栄養する動脈)や大動脈から枝分かれした血管から分岐し、脊髄そのものを栄養する血管(図2、矢印)、脊髄から出た神経(神経根)を栄養する血管、硬膜を栄養する血管、脊椎(背骨)を栄養する血管などに分かれます。脊髄そのものを栄養する血管は首から腰までの間に存在し(平均20-30本)、これらがネットワークを形成しています。脊髄の静脈は、脊髄の中の細い静脈から脊髄の表面を走る静脈に注ぎ、脊髄の外に流出して心臓に戻ります。

(図2)脊髄の血管
(矢印は脊髄を栄養する血管)

(図2)脊髄の血管(矢印は脊髄を栄養する血管)

分類

脊髄動静脈奇形には幾つかのタイプがあり、それぞれ治療法が異なります。現在、一般的に用いられている脊髄動静脈流の分類法は、シャント部がどこにあるかによって、以下の3つのタイプに分類されています(図3)。

  1. 脊髄硬膜 動静脈瘻:シャント部が脊髄を包む硬膜に存在するタイプ。
    脊髄を包む硬膜上で、動脈と静脈と直接吻合してしまったもの。
  2. 脊髄辺縁部 動静脈瘻:シャント部が脊髄の表面に存在するタイプ。
    脊髄を栄養する動脈が、脊髄の表面上で静脈と直接吻合してしまったもの。
  3. 脊髄髄内 動静脈奇形:脊髄の内部にシャント部を含む血管の塊が存在するタイプ

原因については、硬膜動静脈瘻は外傷や手術などの機械的損傷の関与も指摘されていますが定かではありません。また、脊髄動静脈奇形の原因は先天的な問題とも考えられていますが、明らかな原因は不明です。

(図3)脊髄動静脈奇形のシェーマ

(図3)脊髄動静脈奇形のシェーマ

左から、①脊髄硬膜動静脈瘻、②脊髄辺縁部動静脈瘻、③脊髄髄内動静脈奇形

症状

“無症候性脳梗塞”という言葉があるように、脳では血流障害が生じても症状を出さないこともあります。しかし、神経が密集する脊髄の血流障害では、ほとんどの場合に症状を呈し、重篤になることも稀ではありません。 症状が出現する原因には、1:脊髄での血液循環障害、2:脊髄出血、3:静脈瘤による脊髄の圧迫などがあります。
動脈は壁が厚く、100-140mmHg程度の動脈圧にも十分に耐える事ができます。一方、静脈は壁が薄く、静脈圧は20mmHg程度です。通常は、組織や臓器の毛細血管を通ることによって、動脈圧が軽減され静脈での圧まで下がります。
しかし、脊髄動静脈奇形では動脈の圧が軽減されないままに静脈に流れ込むため、壁の薄い静脈に高い圧が加わります。その結果、静脈が破れたり、静脈が風船のように膨らんだりします(静脈瘤)。また、静脈の圧が高くなると周囲の血液が静脈に戻れなくなってしまい、脊髄の血液循環障害が出現します。川の流れに例えると、川の水も高いところから低いところへはスムーズに流れますが、高さの変化が少ない場所では川の水がスムーズに流れなくなってしまいます。つまり、静脈の圧が上がり動脈との圧格差が小さくなると、血液もスムーズに流れなくなり、脊髄の血液循環障害をきたします。

具体的な症状

  • 脊髄循環障害・静脈瘤による脊髄の圧迫:症状は緩徐に出現
    ゆっくりと進行する手足の「しびれ」、運動麻痺、排尿排便障害。(他の脊髄の病気でも同じ症状を呈します)
  • 脊髄出血:症状は突然に出現。
    出血する場所により、クモ膜下出血や脊髄髄内出血となります。
    【クモ膜下出血)】突然の頭痛、背中の痛み、意識障害
    【脊髄髄内出血)】突然の手足の運動麻痺、感覚障害、排尿障害

検査方法・診断

初期診断にはMRIが重要です。しかし、シャント部など細かい血管の評価はMRIでは困難であり、最終診断には造影剤を用いた脊髄血管造影撮影(カテーテル検査)が必要です。

(図4)脊髄動静脈奇形のMRI(左)と脊髄血管造影撮影写真(右)。
MRIで脊髄の中が白くなっており(→)これは脊髄動静脈奇形を疑います。
血管撮影では細かい血管構造がわかります(写真は静脈瘤(⇒)を伴う脊髄動静脈奇形)。

(図4)脊髄動静脈奇形のMRI(左)と脊髄血管造影撮影写真(右)。MRIで脊髄の中が白くなっており(→)これは脊髄動静脈奇形を疑います。血管撮影では細かい血管構造がわかります(写真は静脈瘤(⇒)を伴う脊髄動静脈奇形)。

治療方法

治療はシャント部を閉塞し、動脈から静脈に直接血液が流れ込む状態を止めることです。方法としては外科的手術と血管内塞栓術があります。一般的に、脊髄硬膜動静脈瘻が最も治療が容易で、次いで脊髄辺縁部動静脈瘻、そして脊髄髄内動静脈奇形が最も困難になります。
外科的手術は、全身麻酔に、手術用顕微鏡下に慎重に行われる手術でシャント部を直接確認して遮断します。血管内塞栓術は、太ももの付け根から細い管(カテーテル)を入れ、血管の中からシャント部を詰めて閉塞させます。これは局所麻酔でも行うことができます。
外科的手術と血管内塞栓術との使い分けは、病変のタイプや関与している血管などにて判断されますが、二つの方法を併用して行うこともあります。しかし、脊髄髄内動静脈奇形のタイプは完全治癒が非常に困難であり、病変の一部を治療するのみであるのが現状で、最近では放射線治療など新たな方法も行われています。

外科手術方法 外科的手術療法

全身麻酔下に、腹臥位(うつ伏せの姿勢)で行います。背中の真ん中に皮膚切開を行い、背骨の後方(椎弓)に付着している筋肉を剥離します。次に手術用顕微鏡下に、椎弓切除(あるいは椎弓形成)を行い、手術前の検査と術中の所見からシャント部を確認しますが、実際はシャント部やその血管が非常に小さく、同定は容易ではありません(特に脊髄辺縁部動静脈瘻)。それ故、手術中に脊髄血管撮影を施行たり、特殊な薬剤を注射してシャント部を確認することもあります。正確にシャント部を同定して遮断すれば手術の目的は果たせますが、シャント部が複数ある場合も多く、1回の手術では全てを処置できない場合もあります。なぜなら、疑わしい血管を遮断してしまい、それが正常な血管であった場合は重篤な後遺症を残す事になるからです。それ故、確実なシャント部の処置のみを行い、手術後に再検査を行った上で再手術を行うこともあります。シャント部のタイプや数により、手術時間は大きく異なりますが、通常は2-6時間程度の手術です。

(図5)手術中写真:左は脊髄の正常血管、右は脊髄動静脈奇形により脊髄の血管(静脈)が拡張しています。全ての血管を処置するのではなく、シャント部を探し出しそこを遮断します。

(図5)手術中写真:左は脊髄の正常血管、右は脊髄動静脈奇形により脊髄の血管(静脈)が拡張しています。全ての血管を処置するのではなく、シャント部を探し出しそこを遮断します。

術後経過

手術後は、脊髄の血液循環が大きく変化して症状が悪化することがあります。例えば、静脈の圧が正常に戻ることで、膨らんでいた静脈が縮小して閉塞してしまい、血液循環不全を生じる場合があります。それ故、手術後の数日間は血液が固まらなくなる薬を使うこともあります。
術後7-10日に、脊髄血管造影撮影(カテーテル検査)を行い、シャント部の残存がないかを確認し、問題なければ退院となります。再発の可能性もあることから、退院後も定期的に来院して頂き、神経症状の診察と、MRIや必要に応じて脊髄血管造影撮影(カテーテル検査)を行います。
治療後の症状が、どの程度改善するかは様々な要因により変わってきます。一般的に、治療までに時間がかかった場合、治療前の症状が強い場合(完全麻痺など)、出血により脊髄の障害を生じた場合などは神経症状が残存する可能性が高くなります。

手術の合併症

  • 神経損傷による神経症状の悪化:脊髄は敏感な組織であり、特に動静脈奇形の存在で弱っている脊髄は、触っただけで一時的にせよ機能が低下することがあります。この脊髄を直接操作する本疾患の手術では神経症状の悪化の可能性は低くなく、その場合病変部位より尾側の麻痺、感覚障害、排尿障害などが出現します。
  • 髄液瘻、髄膜炎:脊髄を包む硬膜を切開して手術を行いますが、手術が終わったらこれを縫合してきます。しかし、この中にある脳脊髄液が硬膜の外に漏れ出す場合もあり、髄膜炎などの合併症につながる可能性があります。
  • 創部の血腫形成による神経症状の悪化
  • 創部の感染症、創の離開などがあり、時には再手術が必要となることもあります。その他、深部静脈血栓症、肺炎などの可能性もあり得ます。
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