一般診療で胸椎が問題になることは、頚椎や腰椎に比べると多くありません。それは、胸椎には肋骨が付いて胸の前側で連結する鎧のような形状をしているため、ずれやすべりが起きにくいからです。また、首(頚椎)や腰(腰椎)に比べると動きが少ないので、長年使用しても障害が起きにくいためです。それでも胸椎にはいくつかの問題が生じることがあり、以下に解説します。
一般診療で胸椎が問題になることは、頚椎や腰椎に比べると多くありません。それは、胸椎には肋骨が付いて胸の前側で連結する鎧のような形状をしているため、ずれやすべりが起きにくいからです。また、首(頚椎)や腰(腰椎)に比べると動きが少ないので、長年使用しても障害が起きにくいためです。それでも胸椎にはいくつかの問題が生じることがあり、以下に解説します。
せぼね、つまり脊椎(せきつい)は、ブロック状の骨である椎骨(ついこつ)が縦に積み重なってできており、その内部には頭からお尻にいたるまで縦貫するトンネルのような通路があります(脊柱管;せきちゅうかん)。脊柱管の中には、丈夫で硬い膜(硬膜;こうまく)でできた筒があり、その中は保護液(髄液;ずいえき)で満たされています。この髄液の中には、脳から出て全身に向かう神経の大もと、脊髄(せきずい)があります。脊柱管と硬膜の間には、椎骨の間のすき間をふさぐようないくつかの靱帯(じんたい)がありますが、脊柱管内の前方には縦に連続する後縦(こうじゅう)靱帯、脊柱管後方には黄色(おうしょく)靱帯があります。それぞれの靱帯は弾力がある薄いものなので、CTスキャンやMRIにほとんど写りません。
通常、胸椎にある靱帯はCTやMRIで分からないくらい薄いです。ところが、これらの靱帯が分厚くなり(肥厚)、骨化してしまうことがあります。これが胸椎におきるとそれぞれ骨化する靱帯に伴って、「胸椎後靱帯骨化症」「胸椎黄色靱帯骨化症」と呼ばれます。これらは、一般には中高年以降に発症し、長い時間をかけて大きくなりますが、どういった原因で大きくなるのかはいまだにはっきり分かっていません。
このような骨化が起きても、神経を圧迫しない限りはほとんど無症状です。しかし、数年の単位で脊髄圧迫がゆっくり進むと、両下肢のしびれや脱力、筋萎縮、痙性(けいせい:力んだようにこわばってしまうこと)などが生じてしまうこともあります。症状はゆっくり進むことが多く、本人や周囲も気づきにくいことがあります。症状が進めば歩行が困難になったり、排尿排便障害(膀胱直腸障害)が起きることもあります。症状は通常、突然悪くなることは少ないものの、転倒や外傷を契機に急にひどくなることもあり、それではじめて疾患が見つかることもあります。
診断のため行われるレントゲン撮影では、胸椎では肋骨が重なって写ってしまうため病変が分かりづらいことが少なくありません。CTは骨をみるのに最も優れた検査であり、様々な方向から断面図を撮ることができるため、靱帯骨化症を容易に診断できます。MRIでは骨の描出はCTに劣るものの、脊髄が明瞭に写るため脊髄圧迫の程度をみるのに適しています。状況によっては、脊髄腔造影検査(ミエログラフィー、ミエロ)を追加することもあります。これは腰に針を刺して髄液に満たされ脊髄が収められたスペースに造影剤を注入し、レントゲンやCTを撮影することで、脊髄のシルエットを描出するものです。
骨化があるというだけで深刻な症状がでることはほとんどなく、すぐに心配することはありません。ただ、脊髄など神経への圧迫が強く、それに伴う症状があれば治療を検討します。神経圧迫によるしびれや痛みに対する治療としては、内服治療か手術があります。内服治療は消炎鎮痛剤や、神経由来の痛みに特化した薬などを使用しますが、薬で骨化病変そのものを消し去ることはできません。内服治療の効果がとぼしい時や、歩行困難や膀胱直腸障害を伴っている場合、そして狭窄の程度が強い場合には手術を検討します。
手術で最も大切なことは、脊髄を圧迫から救うこと(除圧)であり、必ずしも骨化病変を除去することとは限りません。黄色靱帯骨化症の場合、背中からの手術で容易にたどり着けるため、圧迫病変を直接に除圧する手術が行えます。一方、胸椎後靱帯骨化症では背中から見ると脊髄神経の前方にかくれるように病変があり、骨化病変を後方から直接除去することは困難です。なぜなら、脊髄を大きくずらしたりひねったりすることが出来ないからです。
そのため、後方から脊柱管後壁の骨を切り取って脊柱管自体を広げて脊髄の圧迫を後ろに逃すことで対応することが多いです。時に、骨化病変が側方に寄っており、脊髄を少し避ければ骨化病変へたどりつける場合には、直接骨化病変をとることもあります。また、側方から肋骨を一部切り取ったり、胸腔(きょうくう:肋骨で保護された空間で肺や心臓が収まっている)を開けて肺を避けて、直接に骨化病変を取り除くこともありますが、身体への負担が大きい手術となります。最近はこのような手術を内視鏡を使って行うこともあります(肺の側方を経由して行うVATS(バッツ)や胸腔の外から内視鏡で行うFESS(フェス))。
靱帯骨化症では、接している硬膜とくっついてしまうことあります(癒着;ゆちゃく)。そのため、手術で骨化病変を直接除去すると、硬膜に穴があいてしまうことがあります。その際は縫合したり、手術用糊でふさいだり、本人の筋膜や人工の膜でパッチを当てるなどして修繕しますが、完全な修復が困難なことも少なくなく、術後も安静を要したり、腰椎からの持続ドレナージ(腰椎の髄液腔に細く柔らかいチューブを留置し、体外に髄液を排出し続ける治療)をすることで、修復を施すこともあります。
朝、起床すると両足が麻痺して立てなくなったため緊急入院。当初の胸椎CTスキャン矢状断(①)と水平断(③)では多発性の黄色靭帯骨化症があり(矢印)、脊柱管腔は高度に狭くなっていた。緊急手術を行い、後方から脊椎後面の骨の一部(椎弓)とともに骨化病変を除去した。術後CTスキャンでは骨化病変が十分除去されている(矢状断②、水平断④)
当初の胸椎MRI矢状断(⑤)と水平断(⑦)では、黄色靭帯骨化症による病変で脊髄が強く圧迫されていた(矢印)。後方からの骨化病変除去術後のMRIでは脊髄が十分除圧されている(矢状断⑥、水平断⑧)。手術後、両下肢の運動麻痺は徐々に改善し、およそ4か月後には自力歩行できるようになった。
【執筆担当】 | 一宮病院 脳神経外科 安田宗義 |