日本脊髄外科学会

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本学会について

脊髄外科学会の目的と役割・方向性

本学会は、脊椎・脊髄・末梢神経外科に携わる脳神経外科医師が中心となり、学術交流による研鑽をめざして昭和61年に発足しました。日本脳神経外科学会公認の関連学会として、平成28年現在で会員数は1200名を超え、登録訓練施設は全国に41病院あります。
主な活動として、年次学術総会の開催、認定医・指導医制度の運営、学術機関誌の発行などとともに、ホームページなどでの疾患や治療の解説、市民公開講座などを行っております。これらを通して会員の知識・技量を高め、より良い診療で患者さんの福祉に貢献できるよう努めております。

学会理事長挨拶(会員向け)


理事長 飛騨 一利

2021年6月より日本脊髄外科学会の理事長を拝命いたしました。中川洋先生、花北順哉先生、金彪先生についで4代目の理事長となります。大変な名誉であり責任の重さに身が引き締まる思いですが、約1300人の学会員のために全力で努めたいと思っております。

日本脊髄外科学会は1986年に日本脊髄外科研究会という名称で発足し、1998年に学会、2006年から理事会制度を設定し、2011年に一般社団法人となりました。2003年から学会技術認定として脊髄外科指導医、認定医さらに訓練施設制度を整えてきました。認定医を取得し、さらに脊髄外科指導医を目指すシステムですが、脊髄外科指導医は単なる手術経験のみでなく、アカデミックな面でも認定水準が高く、脊髄外科を志す学会員にとっては取得・維持を目標としてもらえる学会技術認定制度です。一方で、整形外科との共通のサブスペシャリティ専門医である脊椎脊髄外科専門医は既に10年以上に渡って育んできた専門医制度です。日本脊髄外科学会と日本脊椎脊髄病学会の双方で作成した試験問題集は、自分達の苦手な分野を自覚し、貴重な再教育の役割を果たしていると思います。
整形外科の先生方との交流で改めて思うことは、脳神経外科と整形外科は同じ脊椎脊髄疾患を治療しているとは言っても、それぞれに得手不得手があり、お互いに補完し合うべきだということです。日本の各地で脳神経外科と整形外科と一緒に働く脊椎脊髄センターはその表れだと思います。

私自身の脳神経外科医としての基礎は脳血管障害にありましたが、北海道大学脳神経外科の都留美津雄先生、阿部弘先生、岩崎喜信先生らに師事してきたこともあり、多くの先輩に導かれ自分の根幹ともいうべき分野となりました。(1) この道を歩んできて思うことは、脊髄外科は患者さんに最も喜んでもらえるサブスペシャリティ領域だと実感しています。
多くの若い先生方に良い医療を実践していただけるように、日本脊髄外科学会(=Neurospine)を通じて努力していきたいと思っています。今後も学会員の皆様と学会の諸問題を迅速に解決していくつもりです。

2021年7月 飛騨 一利

1.脊髄外科医になった私のキャリア Spinal Surgery 31 (1) 5-11, 2017

日本脊髄外科学会の沿革

1:日本における脳・脊髄手術のはじまり

 日本で近代の外科治療が開始されたのは明治時代である。脳や脊髄の手術は、外科領域の一つとして行われた。日本で最初の脳腫瘍摘出術は、1905年(明治38年)に福岡医科大学(現在の九州大学)の外科教授の三宅速によってなされた。三宅速は明治24年に東京大学を卒業し、ドイツ留学後に福岡医科大学に赴任している。三宅は、1911年(明治44年)にC5-6の脊髄腫瘍摘出術を日本で最初に行った。また、明治22年に東京大学を卒業し、スイスのベルン大学に留学した伊藤集三は、京都大学の教授として赴任し、同じ頃に6例の椎弓切除を行った。このように、当初は、脳・脊髄手術は一般外科で開始された。
 一般外科から整形外科が分離したのは、脳神経外科に比べて遙かに早く、1906年(明治36年)には整形外科学講座が東京大学と京都大学に新設されている。1948年(昭和23年)の医療法制定時には整形外科は内科、精神科、小児科、外科、皮膚泌尿器科、産婦人科、眼科、耳鼻咽喉科、理学診療科、歯科とともに、標榜科として認定されている。脳神経外科が認定されるのは、後述のように、この17年後である。

2:日本脳神経外科学会と脊髄手術

 脳神経外科の学会の創設は、1948年(昭和23年)に新潟大学教授の中田瑞穂を会長として新潟で開催された第48回日本外科学会の時である。斉藤眞、中田瑞穂、荒木千里、清水健太郎、渡邊茂雄、古沢清明、佐野圭司、桂重次らが集まり、日本脳・神経外科研究会が発足し、翌日に新潟大学の講堂で第1回の研究会(総会)が開催された。1951年(昭和26年)には、東京大学病院に初めて脳神経外科が診療科として置かれた。1952年(昭和27年)に日本脳・神経外科学会と改称された。医療法の標榜科として脳神経外科が認められたのは1965年(昭和40年)である。この時に、「・」が除かれた「脳神経外科」が正式診療名となり、脳、脊髄及び末梢神経に関する外科と定義された。また、この年より日本脳・神経外科学会は、日本脳神経外科学会と呼称されることになった。
 標榜科としての脳神経外科が創始された前後から、海外でトレーニングを受けた脳神経外科医による脊椎脊髄手術が日本で開始されるようになった。北大第一外科に在籍していた都留美都雄は、1952年(昭和27年)に脳神経外科を学ぶために米国ボストンに留学した。この時、米国の脳神経外科が、脳だけではなく、脊髄・末梢神経の外科を扱う広い分野であることを知り、神経学を含めた本格的な脳神経外科の研修を受けた。都留は米国の脳神経外科専門医を取得した後、1957年(昭和32年)12月に帰国し、1958年(昭和33年)から北海道大学病院で脳神経外科診療を開始した。1960年には、慶應義塾大学より同じくボストンに留学していた矢田賢三が北海道大学脳神経外科に加わり、脊椎脊髄疾患の手術に積極的に取り組んだ。東京医科歯科大学を卒業後、東京大学第一外科に進んだ長島親男は1962年に渡米し、エール大学で脳神経外科を学んだ。1963年に帰国し、頚椎症に対するScoville手術を積極的に開始した。
 1970年代になると日本全国の脳神経外科で脊椎脊髄手術を積極的に行う施設が増えてくる。1972年から1979年の日本脳神経外科学会総会には、坪川孝志、角家暁、菊池晴彦、阿部弘、岩﨑喜信、井須豊彦、朝長正道、白馬明、山本勇夫、山田博是、近藤明悳、小山素麿、橘滋国、高橋宏、中川洋らによる脊椎脊髄関連の発表が多く行われた。1980年代は、CT、MRIなどの画像診断の発展に伴い、脳神経外科医による脊椎脊髄手術が広く普及した時期である。1980年には大阪市立大学の西村周郎らが中心になって設立した近畿脊髄外科研究会が発足した。この流れの中で、脳神経外科医による全国規模の学会設立の機運が高まった。

3:日本脊髄外科学会のはじまり

 1986年、大阪市立大学脳神経外科白馬明が中心となり、阿部弘、白馬明、角家暁、長島親男、中川洋、朝長正道、矢田賢三の7名が発起人となって、日本脊髄外科研究会が発足した。この年の7月6日に第1回日本脊髄外科研究会が矢田賢三を会長として東京の日本都市センターで開催された。この研究会は1998年の第13回から日本脊髄外科学会に改称された。2006年からは運営形態がそれまでの世話人会制度から理事会制度に変更され、初代理事長には愛知医科大学の中川洋が就任した。2008年からは藤枝平成記念病院の花北順哉が2代目理事長となり、2011年に法人化して、学会の名称は一般社団法人日本脊髄外科学会となった。2013年からは獨協医科大学の金彪が3代目の理事長に就任している。また、日本脊髄外科学会の英文名は、The Japanese Society of Spinal Surgeryであったが、2016年6月8日の理事会で、英文名をNeurospinal Society of Japanに変更した。
 この間、北海道大学の岩﨑喜信らが中心となって、脊髄外科医の訓練を目的とする脊髄外科指導医・認定医・訓練施設制度が構築され、2003年から運用を開始した。2010年には、脳神経外科と整形外科共通の脊椎脊髄外科専門医制度に関する委員会が立ち上げられた。研修プログラムや認定・更新に関する検討が続いており、2017年には共通の脊椎脊髄外科認定医のための専門医試験が開始されている。

参考文献
佐野圭司:日本の脳神経外科の歴史. 福井仁司編著、脳神経外科発展史. 医学書院, 東京, pp2-15, 2003
角家暁:わが国の脳神経外科における脊椎・脊髄外科の歴史. 脊髄外科13 (1):1-14, 1999
花北順哉:わが国の脳神経外科領域における脊髄外科の歴史と喫緊の課題. 脊髄外科25(1):9-13, 2011
阿部弘:日本の脊髄外科の歩みー黎明期から発展期— (1911-2000年). 脊髄外科30(1):5-19, 2016

概要

目的

本学会は、脊椎、脊髄及び末梢神経疾患に関する学術交流を行うことにより、神経外科学の医学発展を図り、もって国民全体の健康及び福祉に寄与することを目的とする。

沿革

脳神経外科のsubspecialityとして脊髄・脊椎外科を確立していくために脳神経外科医による全国的な研究会の設立が必要であるとの声が次第にたかまり、大阪市立大学の白馬 明が中心になり、日本脊髄外科研究会が昭和61年に発足した。発起人としては、白馬 明以外に、阿部 弘、角家 暁、長島親男、中川 洋、朝長正道、矢田賢三が参加した。この研究会は平成10年(第13回)から日本脊髄外科学会と改称され、平成17年に理事会制度が導入され、平成23年には一般社団法人日本脊髄外科学会となり現在に至っている。

現会員数
1282人
正会員
1268人
名誉会員
14人

認定数

認定医
472人
指導医
130人(内、8人名誉指導医)
訓練施設
51施設

(2019年6月1日現在)

利益相反に関する指針

日本脊髄外科学会は平成25年1月1日から利益相反に関する指針を施行いたします。このことから、平成25年1月以降に学会発表や論文発表を行う場合には、この利益相反状態の開示が必須条件となります。

日本脊髄外科学会のCOI規定の概要

対象者

  1. 学会の理事・監事・代議員
  2. 前号以外の学会の全ての会員
  3. 学会が行う学術集会で発表ないし機関誌において論文発表を行う非会員
対象とする活動
学会が関わる全ての事業活動
  • 学術集会での発表
  • 学会機関誌での論文発表 等
開示項目 項目 金額及び条件 対象者
役員・顧問職 100万円以上

申告者及び

申告者の配偶者・一親等以内の親族・あるいは収入・財産を共有する者
株の保有 利益100万円以上もしくは全株式の5%保有
特許権使用料 100万円以上
講演料など 100万円以上 申告者のみ
原稿料 50万円以上
研究費 200万円以上
開示方法

  1. 前年の利益相反関係を、日本脊髄外科学会COI委員会に自己申告する。
  2. 前号以外の学会の全ての会員
  3. 自己申告はそれぞれが所属する基本領域学会への申告をもって代えることができる。その場合、条件は基本領域学会に準ずる。
  4. 学術集会発表時に定められた様式で利益相反関係を開示する。
  5. 機関誌投稿時に定められた様式で利益相反関係を開示する

詳細については日本脊髄外科学会「医学研究のCOI(利益相反)に関する指針・細則」をご確認ください。

医学研究のCOI(利益相反)に関する 指針

医学研究のCOI(利益相反)に関する 細則

資料

利益相反自己申告書(様式1)・(様式1別紙)

日本脊髄外科学会学術集会発表時 COI開示例

手続について

対象期間は前年度1月1日から12月31日までです。申告の際は細則に基づいて当学会が指定した様式をダウンロードし、必要事項を記載の上、日本脊髄外科学会COI委員会まで申告してください。

宛先:

〒106-0041 東京都港区麻布台1-11-9 BPRプレイス神谷町(株) コンベックス内
一般社団法人日本脊髄外科学会 COI委員会 委員長 中瀬裕之

ご不明な点などは、学会事務局までお問合せください。

問い合わせ先:

〒106-0041 東京都港区麻布台1-11-9 BPRプレイス神谷町(株) コンベックス内
一般社団法人日本脊髄外科学会事務局
Tel: 03-6432-0088
Fax: 03-3505-3366
e-mail:nsj@convex.co.jp

 

定款・規則等

日本脊髄外科学会 定款

日本脊髄外科学会 規則

日本脊髄外科学会 指針

組織図

役員

役員 氏名 所属
理事長 飛騨 一利 札幌麻生脳神経外科病院
理事 伊東 清志  信州大学医学部
理事 乾 敏彦 社会医療法人寿会 富永病院
理事 井上 辰志 藤田医科大学
理事 今栄 信治 いまえクリニック
理事 内門 久明 医療法人ニューロスパイン
うちかど脳神経外科クリニック
理事 遠藤 俊毅 東北大学病院
理事 大橋 洋輝 東京慈恵会医科大学附属病院
理事 尾原 裕康 順天堂大学
理事 川西 昌浩 医仁会武田総合病院
理事 川本 俊樹 東京逓信病院
理事 金 景成 日本医科大学千葉北総病院
理事 佐々木 学 医療法人医誠会 医誠会病院
理事 下川 宣幸 社会医療法人三栄会 ツカザキ病院
理事 菅原 卓 秋田県立循環器・脳脊髄センター
理事 高橋 敏行 藤枝平成記念病院
理事 高見 俊宏 大阪医科薬科大学
理事 中瀬 裕之 奈良県立医科大学
理事 西村 泰彦 和歌山向陽病院
理事 原 政人 愛知医科大学病院
理事 寶子丸 稔 信愛会脊椎脊髄センター 交野病院
理事 水野 正喜 三重大学 医学部
理事 三好 康之 川崎医科大学総合医療センター
理事 村田 英俊 横浜市立大学
理事 安田 宗義 一宮西病院
理事 安原 隆雄 岡山大学
理事 山口 智 University of Iowa
監事 内藤 堅太郎 大阪市立大学
監事 西村 由介 名古屋大学

名誉会員

氏名
秋野 実 阿部 俊昭 阿部 弘
伊藤 昌徳 大畑 建治 角家 暁
菊池 晴彦 久保田 紀彦 小山 素麿
近藤 明悳 坂本 敬三 庄田 基
高安 正和 橘 滋國 中川 洋
花北 順哉 水野 順一 山田 博是
山本 勇夫    

第Ⅵ期代議員

任期:2023年社員総会終了まで

氏名
青木 正典 青山 剛 青山 正寛
秋山 雅彦 伊東 清志 伊藤 圭介
乾 敏彦 井上 崇文 井上 辰志
井上 智夫 今栄 信治 岩﨑 素之
上田 茂雄 内門 久明 梅垣 昌士
梅林 大督 梅林 猛 遠藤 俊毅
大竹 安史 大隣 辰哉 大西 諭一郎
大橋 洋輝 尾原 裕康 景山 寛志
陰山 博人 河岡 大悟 川那辺 吉文
川西 昌浩 川村 大地 川本 俊樹
北原 功雄 金 景成 金 彪
久保田 基夫 隈元 真志 倉石 慶太
黒川 龍 小泉 徹 後藤 剛夫
権藤 学司 佐々木 伸洋 佐々木 学
笹森 徹 芝本 和則 下川 宣幸
菅原 淳 菅原 卓 鈴木 晋介
関 俊隆 髙井 敬介 高橋 敏行
高橋 雄一 高見 俊宏 竹島 靖浩
武田 正明 千葉 泰弘 張 漢秀
角田 圭司 寺尾 亨 冨井 雅人
内藤 堅太郎 中島 康博 中瀬 裕之
中村 歩希 西川 節 西村 泰彦
西村 由介 二宮 貢士 野崎 和彦
野地 雅人 野中 康臣 灰本 章一
服部 剛典 原 毅 原 徹男
原 政人 東山 巨樹 土方 保和
飛騨 一利 平野 仁崇 深尾 繁治
福田 美雪 藤田 智昭 寶子丸 稔
松岡 秀典 松本 順太郎 眞鍋 博明
水野 正喜 光山 哲滝 南 学
宮尾 泰慶 三好 康之 村田 英俊
森本 大二郎 安田 宗義 安原 隆雄
矢野 俊介 山縣 徹 山口 智
山本 慎司 山本 優 柚木 正敏
横山 邦生 渡辺 剛史 渡邊 水樹

委員会

常置委員会
◎印:委員長 ○印:委員長交替心得としての副委員長 (副):副委員長 *印:編集幹事
委員会名称 委員
代議員選出委員会 ◎中瀬裕之 飛騨一利(理事長) 遠藤俊徹
(副)尾原裕康 高橋敏行 高見俊宏
竹島靖浩 原政人 水野正喜
三好康之 安原隆雄  
学術委員会 ◎水野正喜 (副)高見俊宏 伊東清志
乾敏彦 岩﨑素之 上田茂雄
鈴木晋介 梅林大督 遠藤俊毅
大橋洋輝 尾原裕康 陰山博人
黒川龍 下川宣幸 菅原卓
関俊隆 高井敬介 竹島靖浩
西村由介 原政人 寶子丸稔
武藤淳 井上智夫 内藤堅太郎
土方保和 柚木正敏 安原隆雄
矢野俊介  笹森徹  
学術集会会長候補選出委員会 ◎金彪 寶子丸稔 今栄信治
原政人 乾敏彦  
機関誌編集委員会 ◎原政人 (副)高橋敏行 (副)川本俊樹
 (副)金景成 青山正寛 朝本俊司
伊東清志 乾敏彦 遠藤俊毅
下川宣幸 菅原卓 高井敬介
矢野俊介 山口智  
脊髄外科認定制度委員会 ◎高見俊宏 (副)尾原裕康 (副)川本俊樹
伊東清志 乾敏彦 今栄信治
内門久明 川西昌浩 佐々木学
下川宣幸 菅原卓 原政人
飛騨一利(理事長) 三好康之 村田英俊
国際委員会 ◎高橋敏行 (副)下川宣幸 青山剛
秋山雅彦 伊東清志 遠藤俊毅
尾原裕康 黒川龍 菅原卓
西村由介 平野仁崇 安田宗義
安原隆雄 山口智 山畑仁志
生涯教育委員会 ◎乾敏彦 (副)佐々木学 秋山雅彦
伊東清志 井上辰志 岩﨑素之
上田茂雄 梅垣昌士 遠藤俊毅
大隣辰哉 大橋洋輝 尾原裕康
陰山博人 川西昌浩 金景成
黒川龍 菅原卓 竹島靖浩
角田圭司 寺尾亨 内藤堅太郎
西村由介 水野正喜 三好康之
村田英俊 師田信人  安田宗義
安原隆雄 渡邊水樹  
将来構想委員会 ◎飛騨一利 乾敏彦 尾原裕康
下川宣幸 高橋敏行 高見俊宏
原政人 水野正喜 安田宗義
山口智    
統計委員会 ◎高橋敏行 井上智夫 川本俊樹
黒川龍 高見俊宏 土方保和
飛騨一利(理事長) 安原隆雄  
COI委員会 ◎中瀬裕之 原政人 水野正喜
広報委員会 ◎佐々木学 秋山雅彦 上田茂雄
遠藤俊毅 大隣辰哉 大橋洋輝
川本俊樹 金景成 鈴木晋介
関俊隆 野中康臣 安田宗義
渡邊水樹    
医療安全・倫理委員会 ◎中瀬裕之 (副)下川宣幸 飛騨一利(理事長)
川本俊樹 原政人 水野正喜
安田宗義 安原隆雄  
医療機器・保険委員会





 

外保連担当
◎高見俊宏 (副)尾原裕康 (副)菅原卓
伊東清志 乾敏彦 今栄信治
内門久明 大橋洋輝 川西昌浩
金景成 北浜義博 下川宣幸
高橋敏行 内藤堅太郎 水野正喜
安原隆雄    
(麻酔)伊東清志 (検査)乾敏彦 (内視鏡)尾原裕康
(実務)菅原 卓   (手術)高見俊宏  (処置)安原隆雄
adhoc委員会
◎印:委員長 (副):副委員長
委員会名称 委員
専門医制度合同作業部会 ◎金彪 (副)飛騨一利 尾原裕康
下川宣幸 高橋敏行  高見俊宏
専門医試験問題作成部会 ◎飛騨一利 (副)高見俊宏 乾敏彦
遠藤俊毅 黒川龍 下川宣幸
菅原卓 高井敬介 安原隆雄
頸椎人工椎間板 ad hoc委員会 ◎高見俊宏 伊東清志 乾敏彦
大橋洋輝 黒川龍 下川宣幸
菅原卓 高橋敏行 竹島靖浩
内藤堅太郎 原政人 飛騨一利
水野正喜    
内視鏡委員会 ◎尾原裕康 秋山雅彦 内門久明
北浜義博 陰山博人 古閑比佐志
中島康博 西村泰彦 服部剛典
南学    
事務局担当理事 尾原裕康 川本俊樹 大橋洋輝
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